産業用途インクジェットへのSCREENの解答を、京都と潮来で見た!(後半)

軟包装印刷への解答

Truepress PAC 830F @ 潮来・千代田グラビヤ

京都で見たTruepress JET 560HDXが商業印刷市場への解答であるならば、潮来で見たTruepress PAC 830Fは軟包装印刷市場への解答である。訪問先は千代田グラビヤ潮来第二工場。水性顔料インクを採用した軟包装向けデジタル印刷機Truepress PAC 830Fが導入され、本格生産を開始している。
商業印刷では紙に印刷する。しかし軟包装印刷ではPETやOPP、PEなどの非吸収性フィルムへ印刷する。どんな紙でも多少はインクを吸収してくれるが、フィルムはまったく吸収しない。水性インクにとっては最も厳しい相手である。さらに軟包装では印刷品質だけでは製品にはならない。ラミネート、製袋、シール強度、耐摩耗性、食品安全まで含めて初めて製品となる。つまり「印刷機」を作るだけでは市場には参入できない。
SCREENがPAC 830Fで示した解答は、単にフィルムへ印刷できるインクジェットではない。フィルムの表面処理、印刷から乾燥、品質保証までを一つの生産システムとして設計することで、水性インクジェットを、これまでグラビヤとフレキソが支配してきた軟包装市場へ押し出すことである。その中核となる八つの技術について整理したい。

共通プライマー技術

各種フィルムへの対応を可能にする前処理
紙も十分に難しいが、フィルムはその上を行く。水系インクではプライマーが必要だ。インクはその上に載るとはいえ、本来は基材によってインクを変えたい。グラビヤもそうしている。しかしインクジェットでは難しい。インクの経路が長すぎるし、高価でもある。だからプライマーに頼る。プライマーなら基材の物性によって変えられるのではないか。基材の特性差をプライマーでつぶせるのではないか。プライマーの交換なら、なんとかお願いできる、かもしれない。インクジェットの開発者なら、こう考える。しかしSCREENの開発陣は、踏ん張ったようだ。
PAC 830Fでは、必要に応じてコロナ処理を施した後、グラビヤコーターでプライマーを全面塗布し、ここでは一度十分に乾燥させる。その上にCMYKと白を印刷する。このプライマーは特定の基材専用ではなく、同機が対応する各種フィルムに共通して使用できるという。インクを変えない。プライマーも変えない。その上で各種のフィルムに対応する。PAC 830Fでは、このプライマー工程が画質と密着性を決定する最初の重要工程となっている。

Wet-on-Wet印刷

あえて乾燥させないという発想
プライマー乾燥後、PAC 830FはY、M、C、Kの順にプロセスカラーを連続印刷する。その後、Webは途中乾燥を行わず、印刷面は非接触のままヘッド下部機構の周囲を回転し、Wetの状態のまま上部の白インクユニットへ搬送され、ダブルホワイト(WW)が重ねて印刷される。通常であれば途中乾燥を入れたくなる。滲みが怖い。混色が怖い。しかしフィルムでは乾燥による熱収縮が、見当精度へ直接影響する。SCREENは途中乾燥を無くすことでフィルム収縮を防ぎ、高い見当精度を維持している。これは紙印刷とは全く異なる軟包装印刷ならではの設計思想である。

テンションコントロール

薄い基材を精度よく搬送
PAC 830Fは、560HDXにはない技術が搭載されている。それは巻き出しから巻き取りまで約80mになる基材の安定搬送である。長い搬送路に最小厚み12μmの基材を搬送しなければならない。フィルム基材は、紙よりも伸縮性が高いため、引張り力が強くなれば、基材は伸びて、印刷時の見当がズレてしまう。これは画像形成や不均一な巻き取りから後加工処理で致命的な問題となる。PAC 830Fは、数カ所にテンションを検知するセンサーを備え、それらセンサー及び巻き出し/巻き取り装置を含む複数の駆動制御部を、EtherCAT(FAで使われる産業用イーサネット通信規格)で繋ぎ、基材搬送を1m secレベルでコントロールする。

ダブルホワイト

透明フィルムを支える高隠蔽白
透明PETでは白インクの品質、特に高い濃度による隠蔽性が製品価値を左右する。見学時の説明では詳細は触れられなかったが、白印刷部は、外観とインク供給系からダブルヘッド構成と推察された。透明PET上で必要となる高い隠蔽性を、十分な白インクの塗布量によって確保するための設計であろう。

非接触Web搬送

印刷面をローラーへ触れさせない
PAC 830Fの最大の特徴の一つは、Web Handlingである。白印刷後のフィルムは、長い直線区間を往復しながら乾燥工程を通過する。その間、直線区間には中間支持ローラーを設けず、印刷面をローラーへ接触させないまま搬送する。機械後端では180度反転し、戻り側の終端では非接触式の反転機構によって再び向きを変える。この搬送方式により、まだ乾燥していない印刷面への接触を避けながら、長い乾燥距離を確保している。一方、このような長い直線区間を中間支持なしで安定搬送するには、高度なテンション制御が不可欠と思われる。PAC 830FのWeb Handlingを理解する上で、今後確認したい重要な技術項目である。

三段階熱風乾燥

印刷面の向きに合わせて熱風を当てる
PAC 830Fでは、約90℃の熱風による三段階の乾燥が行われる。第1区間では、印刷面を上にして上方から熱風を当てる。機械後端で180度反転した後の第2区間では、印刷面を下に向け、下方から熱風を当てる。さらに非接触式の反転機構によって再び印刷面を上に向け、第3区間で上方から熱風を当てて乾燥を完了する。
つまり、単に乾燥炉を大型化したのではない。印刷面の向きに合わせて熱風の方向を変えながら、長いWebパス全体を乾燥工程として利用している。この設計によって、

  • セットオフの防止
  • フィルム変形の抑制
  • 後加工適性の向上

を図っている。560HDXと同様、SCREENは乾燥距離を積極的に確保し、搬送と乾燥を一体として設計している。

インライン品質保証

商業印刷で培った検査技術を包装へ
見学時の説明では、600dpiのインライン検査システムに、トランザクション印刷で培ったビットマップ照合技術が応用されているという。色管理についてもEQUIOSを中心に透明フィルム向けの制御が行われている。

EQUIOSとProduction Workflow

印刷機ではなく包装生産システム
PAC 830FもEQUIOSを中心とするワークフローの一部として運用される。RIP、ジョブ処理、透明基材に対応した色管理、検査データの運用を連携させ、印刷工程全体の安定化を図っている。

PODi Perspective

京都で見た560HDXと潮来で見たPAC 830Fには、一つの共通した思想がある。その共通思想によって、用途も構造も異なる2台が、SCREENによる一つの技術的解答として有機的につながって見える。
SCREENから見れば、個々の構成要素には外部から調達した技術や部品も少なくないはずである。しかし、同社の価値は個々の部品の出自にはない。それぞれの性能を余すところなく引き出し、搬送、乾燥、画像処理、検査、ワークフローを統合し、最終的に一つの「生産システム」へ仕立て上げる。その統合力にこそ、SCREENの強みがある。
一方PAC 830Fでは、各種基材向け共通プライマー、Wet-on-Wet印刷、非接触搬送、長距離熱風乾燥、品質保証、Workflowを一体として設計し、水性インクジェットによる軟包装印刷という難題へ挑戦している。特に興味深かったのは、白の手前で途中乾燥を行わないという設計思想である。一般的には乾燥を増やせば、インクが安定して品質は向上すると考えがちである。しかしフィルムでは乾燥による熱収縮が見当精度を損なう可能性がある。そこでSCREENは、CMYKから白印刷までをほぼWetのまま搬送し、最後に十分な乾燥距離を確保して一括乾燥するという、商業印刷とは全く異なるアプローチを採用した。
長大な乾燥装置の中を、まだWetのフィルムが、印刷面をどこにも接触させないまま大きなS字を描いて進んでいく。約90℃の熱風が、上から、下から、印刷面へ吹き付けられる。奪われた水分は水蒸気となり、複雑で長大なダクトへ吸い出されていく。説明によれば、その熱の一部は回収され、再利用されているという。
デジタル印刷を推進する団体であるPODiとしては、千代田グラビヤ様の決意に大きな拍手を送りたい。このシステムが、それを可能とし、かつ同社に大きな利益を残すことを祈りたい。
千代田グラビヤ様では、2030年までに生産量の10%をデジタル印刷で担うことを目標としているという。これは、グラビヤを社名に冠する同社にとって、思い切った目標かもしれない。今日の軟包装印刷市場において、デジタル印刷の比率は、まだ極めて小さい。これまでは、液体トナー方式のHP Indigoがデジタル軟包装印刷市場を先行してきたが、国内メーカーからも、ミヤコシ、シンク・ラボ、SCREENの軟包装向けインクジェット機が登場してきた。ようやく、これからなのである。
ラベル印刷市場では、トナーとインクジェットを合わせたデジタル印刷が、すでに重要な生産方式として定着している。それに比べると、軟包装市場との隔たりはまだ大きい。デジタル印刷を推進する団体であるPODiとして、千代田グラビヤ様の決意に大きな拍手を送りたい。このシステムが同社の目標を可能にし、同時に大きな利益をもたらすことを願いたい。

一方で、インクジェット方式には大きな課題が残っている。最後の質疑応答で、SCREENグラフィックソリューションズの桜井社長がおっしゃっていたように、まず対応できるフィルム基材の種類を増やさなければならない。現在公表されているPETとOPPへの対応だけでは足りない。ナイロンはどうか。PEはどうか。シュリンクフィルムはどうか。
その際、技術陣は踏ん張り、インク一種類、プライマー一液という現在の思想を守れるのか。乾燥機構や印刷速度を変えずに対応基材を広げられるのか。それとも基材対応を優先するために、インク、プライマー、速度、乾燥条件のいずれかを変更せざるを得ないのか。
さらに、包装後の用途も広げなければならない。特に食品包装では、ボイル用途に耐えられるか。レトルト殺菌に対応できるか。冷凍流通に耐えられるか。電子レンジ加熱に対応できるか。内容物、充填方式、基材、接着剤、ラミネート構成によって、要求される耐熱性、耐水性、耐寒性、接着強度は大きく異なる。PAC 830Fが本格的な産業用生産機として市場を広げるためには、印刷品質だけでなく、こうした包装適性を一つずつ実証していく必要がある。ここでも、SCREENの技術陣の踏ん張りに期待したい。

結論

560HDXが「紙と水性インク」への解答ならば、PAC 830Fは「フィルムと水性インク」への解答である。両機に共通しているのは、個々のユニットやヘッドの性能だけで競っているのではないという点である。ヘッド、インク、前処理、搬送、乾燥、画像処理、品質保証、そしてそれらの性能を余すところなく引き出すWorkflowまでを、一つの生産システムとして設計している。そこに、SCREENの高速水性インクジェットに対する技術思想が、最も明確に表れている。

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