
連載「普及率87%の罠──『引き算』で終わる生成AI活用から、印刷・製造業はどう抜け出すか」最終回
前回は、米国の先進的な印刷企業が、印刷工程そのものではなく、顧客の業務成果やサプライチェーン支援までを価値として設計していることを見てきました。最終回となる今回は、商業印刷に加え、Sunrise 2027によって転換期を迎えるパッケージ・ラベル領域も視野に入れながら、印刷・製造業が「引き算」の効率化から「掛け算」の価値創造へ進むための経営判断を考えます。
「引き算」から「掛け算」へ進むための視点
前回で見てきたように、米国の先進的な印刷企業は、印刷工程そのものに価値を閉じ込めていない。商業印刷やDMの領域では、データ処理、パーソナライズ、郵便最適化、マーケティング支援、在庫管理、発送までを一体化し、顧客の業務プロセスや成果に踏み込むモデルが広がっている。
そこにあるのは、「刷る」という作業の先にある価値をどう定義するか、という問いである。
顧客の売上に貢献する。業務負荷を下げる。サプライチェーンを簡素化する。マーケティング成果を高める。こうした外向きの価値に接続して初めて、AIやデータ活用は単なる効率化ではなく、「掛け算」の投資になる。
そして、この「掛け算」への転換は、商業印刷だけに閉じた話ではない。印刷物には、DM、カタログ、帳票、書籍、パッケージ、ラベルなど、多様な領域がある。それぞれが異なる役割を持ち、それぞれ異なる転換期を迎えている。
その一つが、パッケージやラベルの分野である。
パッケージ・ラベル領域にも迫る、前提条件の変化
GS1が主導するSunrise 2027は、2027年末までに、従来の1次元バーコードから、QRコードやデータマトリックスなどの2次元コードを読み取り・処理できる環境の整備を目指す世界的な取り組みである。これは、50年続いたバーコードの仕組みが大きく書き換わる節目でもある。
この変化は、単なるコードの置き換えではない。商品に紐づく情報量が増え、賞味期限、ロット番号、トレーサビリティ、規制対応、消費者向け情報などを、より正確に扱う必要が高まっている。実際、2次元コードへの移行は、サプライチェーン全体でのトレーサビリティ、店舗や物流を含む業務効率化、消費者とのエンゲージメント向上といった領域に影響を及ぼすとされている。
つまり、パッケージやラベルは、単なる表示媒体ではなくなりつつある。
過去のPODiレポートでも整理した通り、2次元コードの活用が進むことで、ラベルは「デジタルとアナログの接続点」へと移行していく。さらに、サプライチェーン全体は、ラベルを“データのハブ”として機能させながら、分断された工程の集合から、連続したデータの流れへと姿を変えていく可能性がある。
ここで重要になるのは、単に2次元コードを印刷できるかどうかではない。
そのコードが、現場で安定して読み取れるか。包材やレイアウトとの相性が成立しているか。量産時にも品質を維持できるか。検査体制を含めて、顧客の運用に耐える品質を担保できるか。
問われるのは、印刷できるかではなく運用に耐えうるか
GS1サンライズがもたらす変化は、ラベル印刷会社に対して、印刷物を納めるだけでなく、読み取り品質、印刷可能性、運用設計までを含めた関与を求めていく。過去記事でも触れたように、2次元コードでは情報量が増えるほど読み取りがシビアになり、印刷のわずかな変動が読み取り性能に直結する。そのため、余白、セルサイズ、配置、形状、精度、耐久性といった印刷技術上の要素を、設計段階から考慮する必要がある。
商業印刷がマーケティング成果へ接続していくように、パッケージやラベルもまた、顧客の業務プロセスやサプライチェーンの変化に接続していく。
ここに、印刷・製造業が「引き算」から「掛け算」へ転換するための具体的な入口がある。
これまで現場が積み上げてきた検品、品質管理、工程管理、短納期対応、個別仕様への対応力は、この産業が誇るべき大きな資産である。問題は、その力をどこへ向けるかである。
多くの企業はこれまで、現場の改善力を「コスト削減」や「時間短縮」のために活用してきた。それ自体は必要な取り組みであり、否定されるものではない。しかし、AIやデータ活用、2次元コード化、サプライチェーン再編といった変化が同時に進む今、その改善力を内向きの効率化だけで終わらせるのは、あまりにももったいない。
現場の改善力を、顧客価値と収益機会へ
経営陣に今求められているのは、現場の改善力を、顧客の課題解決や新たな収益機会へ接続するためのビジネスモデル再設計である。
検品AIを導入するなら、単に検品時間を短縮するだけでなく、品質保証サービスとして顧客に提示できないか。
校正支援AIを使うなら、原稿確認の効率化だけでなく、短納期対応や提案型営業に転換できないか。
2次元コード対応を進めるなら、単なるコード印字ではなく、読み取り品質、運用確認、データ連携までを含む支援サービスにできないか。
工程管理を高度化するなら、社内の進捗管理だけでなく、顧客の在庫、納期、物流、販促計画と接続できないか。
こうした問いを立てて初めて、AI活用やデジタル化は「作業を減らす技術」から「価値を増やす技術」へ変わる。
普及率87%というデータが示す通り、現場にはテクノロジーを使い始める土壌がすでにある。重要なのは、その活力を単なるツール導入や内向きの効率化で終わらせず、自社の立ち位置を再定義する力へ変えることである。
過去の延長線上にある受託体質のまま、AIやデータ活用を部分的に取り入れても、得られる成果は限定的である。むしろ問われているのは、テクノロジーを自社の事業基盤のどこに位置づけるかであろう。
印刷・製造業は、単に「ものを作る産業」ではなく、顧客の情報、商品、物流、販促、品質保証を支える産業へと役割を広げつつある。現場が培ってきた強みを、内向きの改善で終わらせるのか。それとも、顧客価値と収益機会を再設計する起点にするのか。
今こそ、経営が舵を切るべき局面である。
生成AIをはじめとしたAIを単なる省人化の道具にとどめるのか。
それとも、印刷・製造業の新しい価値を設計するための基盤として使いこなすのか。
その選択が、次の競争力を分ける。




