サービスと対価

折からの円安基調も加わって、海外からの訪問客が激増している。「インバウンド需要」も一部では沸騰状態になり、都市部でも地方でも、外国人の姿を見ない場所はない、というのも日常の光景となってきた。

観光の三大要素と言う言葉を聞いたことがある。「自然」「文化・史跡」「食」がそれで、それぞれが多彩に揃っていればいるほど、観光地としてのポジションが上がるということらしい。ところが世界を見渡してみると、この三大要素を十分に揃えた国というのは、意外に少ない。
フランスやイタリアは三要素が十分に揃っているので観光客が多いのも頷ける。アメリカは、観光客数は多いが「自然」が突出している。英国は「文化・史跡」であろう。どちらも魅力ある国ではあるが、かなり偏っているのではないかと思う。

その点から言えば、日本は世界に冠たる国だと自賛してよい。個人的には、特に「食」は世界最高水準だと思っている。亜熱帯から亜寒帯までの気象環境、海洋と山岳の地形によって生み出される食材と、江戸時代の幕藩体制から続く独特の地方色が融合して、その多彩さは類を見ない。また、様々な技法を取り入れるのも食文化の特徴であって、西欧料理、中華料理、B級グルメに至るまで、何料理でも美味いのは東京をおいて他にない。(パリのフランス料理、ソウルでの焼肉や韓国料理は本当に美味いが、どこの国の料理も美味いか?と問われれば東京には敵わないだろう)

しかも円安で外国人から見れば物価が安いときている。新橋の居酒屋で一杯やって勘定が5,000円くらいの注文であれば、ニューヨークの日本料理屋では20,000円はかかる。個別のメニューの単価は多分以前であれば新橋の2倍程度だったろうと思うが、円安で3倍、さらに地方消費税と厄介なチップというのが加算されて、とんでもない金額となってしまう。

米国のチップというのは世界的には結構独特なもので、最近では先進国、途上国含め余り見ない。昔は「サービスに対する感謝」と教わったのだが、明らかに「労働の対価」と化してきている。しかもインフレが進み、30年前頃は、10~15%程度だったものが、最近は20%が標準で、15%くらいだと嫌な顔をされるケースもあるらしい。

「労働の対価」といったが、最近ではそれも怪しくなってきている。ファストフード、例えばマクドナルドの店舗などでは日本でもキャッシュレスでのパネル注文が普通になってきているが、米国のマクドナルドでは、パネル操作の最後に「Tip」というのが出てくる。それも20%などと堂々と表示されるのには面食らってしまう。これでは「労働の対価」でさえない。さらにニューアーク空港で見たのだが、キオスクの無人売店で最後に「Tip」というのが出てきたときには、呆れるのを通り越して笑ってしまった。(勿論、マクドナルドでも、キオスクでも、私は「No」以外押さなかった。)
 
最近は随分変わって来たとは思うが、日本ではサービスの対価を請求しない文化が、長く根付いてきてしまった。勿論高級店とか特別な環境下は別であるが、一般的には「サービス=無償」の翻訳な適当と思われているのでは?というような状況であった。サービスの担い手である人間の労働力=労務費は、実は最もコストがかかるにもかかわらず、である。今は昔、1970年の大阪万博の時に「お客様は神様です」、前回の東京五輪の時に「OMOTENASHI」と言う言葉が流行ったが、結果的に「サービスは無償」的なマインドが促進されてしまったのではないかともおもう次第である。

印刷の原価計算はかなり複雑で、きっちりと積み上げで価格設定を行っているケースはそう多くはないのではないかと思う。それにしても、グロスで「xxx円」お値引き「xxx円」
というような請求書は、(もしやっているなら)早く改善した方が良いだろう。最近は印刷業務管理のMISも随分普及してきているので、そこまでのことは無いのかもしれないが、労務費をコスト項目だけでなく、サービス対価として請求することは全く理にかなっていることだと思う。

デジタル印刷機の導入の理由に関する調査等を見てみると、当初は「小ロット」「短納期」「バリアブル」が三題噺であって、いずれも版代や光熱費、損紙などの、変動費の削減効果が大きいものとされてきた。ある程度普及が進んできた現在は、「人の問題」(人材不足、技術承継、職場環境)に直面して導入されるケースが増えてきている。印刷のデジタル化に関して言えば、作業の効率化・標準化は固定費削減のみならず、「人の問題」の解決ツールとして重要なことは言うまでもない。また、その結果として付加価値+の側面も明確になって来る。すなわち、デジタル化をある程度進めた後でも、人の関与がある仕事が残っていれば、それは、堂々と+αの対価を要求できるサービス、付加価値、差別化価値と解釈してしまって良いのではないかと思う。(「実際にはそうでなくとも」位に考えて、サービスを競う=価格の+αを競う、という姿があっても良いのではないか?)

大事なことは、サービス料金を明示して請求書に加算することである。前述の米国のチップのような加算は「やりすぎ」だと思うが、てらいなく行動をしてしまうところは、日本人も少しは見習っても良いと思うのだが、如何だろうか。

【著者紹介】
荒井 純一
1959年東京生まれ。コニカミノルタ株式会社にて長くデジタル印刷事業を担当。立上げより20年余、商品企画から国内外の市場展開まで広く活動を行い基幹事業への成長に導く。2024年より一般社団法人PODi代表理事。

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