デジタル印刷はワークフローを進化させる。逆に言うとワークフローを進化させないと、印刷がデジタルになってもさしたる意味はない。逆にオフセットに比べて、遅く、高くなるのが通常であろう。1枚ずつ描画していくデジタル印刷方式は、判子を作ってペッタンコペッタンコと同じものを量産するアナログ方式に、スピードや安定性で勝てるはずもない。しかしワークフローが変わった時には、無類の力を発揮し、大いなる変革をもたらすのだ。
年賀状と請求書の「白紙戦略」
私がデジタル印刷の市場への突破口を求めて、地べたに這いつくばるような営業をしていた頃から、もう四半世紀以上経っている。そんな時に年賀状印刷と出会った。年賀状印刷は現在では急減して虫の息であるが、当時は大きな市場を為していた。年賀印刷の大手が流通業と組み、10月も終わりころになると、あちらでも年賀状、こちらでも年賀状、まさに「B2C印刷、年賀に極まれり」という状況であった。顧客は流通業者の年賀状印刷のカタログから、まずは絵柄を選んで、次に自分の住所、名前等を記入した申込用紙を持って、店舗で受け付ける。勝負は11月と12月の2か月。注文は一件あたり平均約70枚。注文総件数は、乱暴な推定だが1000万件超。まさに国民的行事であった。価格も厳しいが、なによりも納期は待った無し。印刷会社は、決められた絵柄を年賀はがきに印刷して、それを刷り置き台紙として棚に入れ、固唾を呑んで注文を待つ。注文が来たら、該当する絵柄の台紙を棚から引き出して、指定の住所と氏名を組版してベビーのオフセットでモノクロの追い刷りをする。どの絵柄に注文が来るのか、ある程度の予測はできるが、当たるも八卦当たらぬも八卦である。台紙が足らなくなれば、絵柄を刷る。これもオフセットだ。こちらは郵政が4丁掛けまでは提供してくれるのではがき単葉の印刷よりは効率がよいが、はがきサイズに断裁して再び棚に入れなければならない。台紙といっても年賀はがきなので、1枚50円(当時)の有価証券である。絵柄は各流通業で少なくとも100種類あり、複数の流通業の仕事を受けると、その倍数となる。郵政は現金商売であって、必要な年賀はがきの枚数は、先に現金で買わねばならない。つまり棚には巨額の金が、絵柄別に積んであるのだ。
私はここにモノクロのデジタル印刷機を、追い刷り用に売り込んだ。1年目は定着熱ではがきがカールしてスルメのようになってしまい、クレームを連発して涙を呑んだ。2年目は課題を克服して本生産に臨み、乗り切った。はがきサイズを1000枚積めるカセットを作って、連続生産を可能とした。その結果、文字組の製版が不要となり、誰でも操作できるデジタル機で印刷が出来るようになり、追い刷りはアルバイトの仕事になった。職人は解放され、納期は短くなり、コストも下がり、大いに喜ばれた。
3年目は満を持して、デジタル印刷機をカラー化した。はがき印刷機としての必要条件は、モノクロの時代にクリアしている。それをカラー化することによって、いよいよワークフローが大革新され、工場が激変した。そう、あの巨大な棚が無くなったのである。(一部、箔押し柄等の特殊物は残った)
絵柄はデータのまま、サーバーに格納されている。注文が来た時に絵柄データは呼び出され、差出人情報と合わせて自動組版されて、印刷用PDFとなる。注文枚数もデータ化され呼び出されて、印刷用PDFと合わせてデジタル印刷機に流し込まれる。その他の注文情報、例えば受付店舗すなわち配送先、は1枚のはがきサイズのPDFにまとめられ、それぞれ注文毎の年賀状印刷の最終ページとして印刷され、合紙としてその注文の切れ目の目印となりながら、印刷の後の梱包作業、配送作業の指示書となっている。もちろん合紙には高価なはがきは使わず、注文の切れ目を示すため色がついたケント紙を、別カセットから持ってきて印刷する。こうして白紙のはがきから一気通貫に印刷することで、デジタル印刷は年賀状印刷を根本から変えた。そして大いなる価値を年賀状印刷にもたらし、翌年以降の年賀印刷市場を席捲したのだった。
トランザクション(請求書、通知書)の世界でも同じように、オフセットで刷った台紙にモノクロのインクジェットで追い刷りしていたものがカラー化でワンパスになり、大いに付加価値をもたらして工場を激変させている。このように、刷り置きの台紙に追い刷りをする工程を、カラーのデジタル印刷機で一気に行う事を「白紙戦略」とよんだ。カラーのデジタル印刷機がもたらす、典型的な価値となった。
白(茶?)段ボール戦略とは?
コロナのパンデミックが盛んな頃、マンションのごみ置き場で異変が起こった。ごみ置き場が段ボールに占領されている! 外出しての買い物が困難を極め、イーコマースが爆発的に伸びた結果、あらゆる物が段ボールに詰め込まれて家庭に殺到した。それらの段ボールがリサイクルを求めて、ごみ置き場を占領している。段ボールがリサイクルの最優等生であることは福音だが、これには往生した。
一時期の混乱は収まったが、依然として段ボール需要は底堅い。あらゆる物が段ボールに詰め込まれて、家庭に殺到している状況は変わらない。かつ一部の飲料ボトルが脱プラの一貫でラベルレスとなり、段ボールに表示する内容、つまり印刷が増えている。この世界も、明らかに細分化への道を辿っていると思われる。
一般的な段ボール印刷にまつわるワークフローは;
- 無地の段ボールにフレキソで、ブランド、商品名、等の固定の絵柄を印刷する
- 印刷済み段ボールを、梱包現場で在庫する
- 商品を段ボールで梱包する
- 物流目的、あるいは識別目的で必要なバーコード類をマーキングする⇒インクジェットで可変情報を追い刷りする
- 追加で必要な場合、ラベルを貼る
- 出荷する
といった流れであろう。年賀やトランザクションの印刷で使った刷り置き台紙の替わりに「刷り置き段ボール」があり、可変情報を追い刷りする、ラベルを貼る、といった複数の印刷工程と、各工程での在庫がそれぞれに存在している。またフレキソのような大ロット向けの印刷技術は、大ロットの際の単価は安くできるが、当然ながら在庫の量も大きくなる。段ボールは金券ではないが、とても大きく、とても重い。それはコストとなる。そして、割の合わない小口の印刷は排除される。
ここで年賀とトランザクションの「白紙戦略」を思い起こして頂きたい。追い刷りをフルカラー化することで、すべての印刷工程を統合することが可能となり、圧倒的な価値を生み出してきた。この段ボールの工程を考えると、可変情報を追い刷りする「マーキング」が全体の画像を印刷できるように大判化、かつ多色化すれば、まさに白紙戦略ならぬ「白(茶?)段ボール戦略」が実現する。
そして、今、そのためのシステムが登場した。
白(茶?)段ボール戦略を実現する新技術が登場!
理想科学工業株式会社が、大野インクジェットコンサルティングの展示会であるJITF2023(Japan Inkjet Technology Fair)に出展したインクジェットプリントヘッドユニットである。平たく言うと、同社のインクジェット印刷機のプリントバーを取り出して、システムベンダー向けに提供するという商品である。
油性インクを使用しており、浸透系の基材には乾燥が不要な優れものだ。昨今では環境持続性や食品安全性を考慮して水系のインクが多いが、基材の上の水を乾かすには大量の電力を必要とし、二律背反的である。乾燥電力が不要で、100Vで動作するシステムは垂涎の的であろう。ただし印刷する基材を選ぶ事と、濃度が出にくい事から、商業印刷に適用するのは難しい。だが、段ボール印刷でフレキソと対抗するには、うってつけであろう。
このシステムを使って白紙戦略ならぬ「白(茶?)段ボール戦略」を取ると、ワークフローはこうなる。
これによって前述の6段階ワークフローはこう変わる;
- 梱包する
- 印刷する
- 出荷する
以上だ。すべての余剰はそぎ落とされ、在庫が存在するのは、①の段階の白(茶?)段ボールのみである。
drupa2024でお会いしましょう!
理想科学工業によると、インクジェットプリントヘッドユニットはdrupaで展示を予定している。
PODiはdrupaツアーの参加者を募集している。Messe Dusseldorfの全面サポートによるVIPなツアーとなる。ご興味のある方は、是非こちらのツアーにご参加頂いて、新しい印刷世界を垣間見ましょう!