アナログの逆襲 執念の版替え自動化 ― コロナdrupa その3―

コロナによって2020年からの延期を余儀なくされ、2021年もリアルを諦め、virtualとなったdrupa。私はこれを「コロナdrupa」を呼ぶことにする。コロナの影響を色濃く受ける印刷業界と、リアルではなくオンラインで行われたことにより、我々がデュッセルドルフで見てきた従来のdrupaとは、当然ではあるが、似ても似つかぬものとなった。しかしながら、依然としてdrupaが、印刷業界の「頂点」であることに変わりがなかったと感じた4日間でもあった。コロナに叩き伏せられながらも、なんとかここで踏みとどまってvirtual.drupaの実現に漕ぎつけた主催者に、大いなる敬意を表したい。
以下、徒然なるままに「出張報告」を、差し上げたい。今回は3回目である。第一回では「南北問題」としてパッケージに傾いたvirtual.drupaを、第二回ではブースの規模拡張競争が終焉し、退潮した大規模メーカーに代わって中規模メーカーが席巻したvirtual.drupaを、「下克上」として紹介した。今回は少し違う観点から紹介したい。

私は、業界に入ったその日からデジタル印刷に特化しており、少し意味は違うが「デジタル・ネイティブ」である。1998年頃だと思う。当時の最高速のモノクロ・デジタルコピー機にRIPと書体を搭載して、「オンデマンド印刷プレス」と銘打って、世に出した。今思えば、機械の完成度を考えると、顔から火が出るほど恥ずかしい。“印刷”でも“プレス”でも、なんでもなかった。しかし、そこから長い道のりを歩んで、それなりに市場を変えることが出来たのは、年寄りの自慢話のようで恐縮だが、嬉しい。

当時はまったくの素人、かつ駆け出しであった私は、展示会でもどこでも、会う人は全て新しい人であって、人と会う度に同じ呪文を唱えた。「無版の両面機ですよ! オンデマンド印刷ですよ!」 足を止める人もいる。「今、刷れるのか?」と問われれば、「へい!」といって刷る。当然ながら版替えなどなく、1枚ずつ違う紙が両面印刷されて出てくる。
「コピーじゃないのか?」
「違いますよ!大判の紙で断ち落としが出来ますし、見当も合ってあっています!! 書体も積んでいます!!!」(当初は、手でちょっとカセットを削って、少しだけ大判の紙を使っていた。ノビというには寸足らずで、トンボは刷れず、舐めるような化粧断ちが精一杯であった。)
しばらくすると、お客さんが、やおら機械の背面を覗き込む。
「どうされましたか?」
「人が中で紙を引っ繰り返してないか、確認したんだ。」
「!?・・・ 居ましたか?!?」
嘘のようだが、本当だ。こうして買ってくれたお客はマックも買って、これまで使っていた写植機を廃棄し、デジタル印刷の会社となったのだ。そして、新しい呪文を教えてくれる。
「お前のとこの機械のお陰で、今までなら製版して版替えしている間に、どんどん次の仕事が刷れるようになったわ。ガッハッハッハ!」
そのころの私は、実は、製版とか版替えとか、よく判っていなかった。アナログ印刷と関わった、というか、色々と勉強して取り扱わせてもらったのは、随分と後になる。ただし、この呪文は、直ちに身にまとった。以来、数えきれないほど、この新しい呪文を唱えた。
「お客様、いったい製版と版替えにどれくらい時間が掛かっていますか?」
「そうだな、XX分くらいかな」
「うちの機械なら、その間にとっくにこの仕事は刷り終わって、次の仕事で機械が回っていますよ!」 
これは、ほぼ同時に勃興したCTPの全盛期でも、カラー化した以降でも、変わらぬ呪文となった。
こうして「にわかオンデマンドプレス」は、その後、新しい世代を経るごとに機能を追加しながら、徐々に売れるようになっていった。

私がこの呪文に疑念を持ったのは、ずいぶんと後になる。長年勤めた会社を辞し、次の会社ではデジタル印刷以外にも製版もプレートも取り扱っており、少しは物知りになっていた。2010年頃であろうか。北九州の顧客が、最新鋭のオフセット機を入れたので見に来い、と言う。依然としてデジタル・ネイティブであった私は、技術としてほぼ成熟してしまったオフセットの、“最新鋭”という言葉の意味が、正直よくわからなかった。そして、現物を見て驚くことになる。現物は、B全、8色機であった。巨躯にして長大。これで500枚の小ロットを印刷するという。私は心の中で、呪文を唱えた。「版替えしている間に、デジタルなら刷り終わってまっせ! ややこしい断裁も要りません!!」 ところがこの機械は、500回転すると、8胴同時に刷り終わった版を排出し、上部で待機していた次の版を巻き取っていく。それも、ブランケットを洗浄しながら。
「8胴の版替え、洗浄が1分で終わるんだ! もう次の仕事が始まるぞ!!」
社長が誇らしげに、私を見下ろしながら、そう仰る。まるで「デジタル、何するものぞ!」と言わんばかりであった。なるほど、これは進化だ、と素直に思っていた。が、傍らではオペレーターさんが次の版を持って、忙しくセットしながら走っている。そりゃあそうだ。この高速オフセット機に掛かれば、500枚の仕事など、瞬く間に終わる。その短い間に、それぞれ正しい版を、正しい胴の上部に、全胴に対して、掛け終わらないといけない。そうでないと、“1分で全胴、同時洗浄、同時版交換”の機能が泣く。この会社の製版機は別工場にあり、焼いた板を横持ちで運んでくる。勿論、複数の仕事の版が同時に来るのであって、キチンと管理しないとどれがどれだか、ただでさえ版だけではわかり辛い。掛け間違えは致命的だ。見当と色を合わせるのも、容易ではない。オペレーターさんが、大童である。進化はしているが、やっぱりアナログだな、と安心した瞬間であった。やはり「デジタル=無版」に敵う物は、あり得ないのだ。だが、アナログ印刷機メーカーの、版替え自動化への執念を感じた瞬間でもあった。そして、少しだけ、なんだか悪い事したかしら?と、思ってもみた。日本でも、歴史あるオフセット印刷機メーカーが、既に複数、姿を消していた。時はリーマンショックの後。未だに余波が残っていた時期であり、印刷業界はその頂上を超え、年々市場は縮小していたのだ。

長い前置きから、ようやくvirtual.drupaに辿り着いた。drupaと言わずどこの印刷展示会でも、デジタル印刷機が主力になってから、どれくらい経つだろうか? 確か前々回のPrint Chicagoで、オフセット機が1台展示されていたことが、笑い話のような話題になっていた記憶がある。Print Chicagoは滅んでしまったけれども、drupaにおいても、展示規模も話題も、昨今は常にデジタルが優位であったように思う。実際に市場で稼働して生産を行っている比率とは無関係に、展示会においての“デジタル優位”は不動と思えた。 

 

この図には再登場いただくが、上位から1位、3位、4位、6位、7位がデジタル専業で、長年の兼業である5位コダックを除く他は全て、デジタルに新規参入している企業だ。コメントにも「印刷技術では、デジタルが最も展示スペースを占有した」とある。
それが第二部「下克上」編で申し上げた通り、下位であったフレキソを含むアナログ印刷機メーカーが、上位の退潮で大暴れする展開となった。その中で、アナログ機メーカーの「版替え自動化への執念」を、再び見た。まずはHeidelbergの“Push To Stop, End To End”である。(動画1分00秒~ Plate To Unit System)

Unfold your potential – with digital solutions from Heidelberg from Messe Düsseldorf on Vimeo.

北九州ではオペレーターが担いでいた版を、機械がつまんで運んでいく。行先は、正しく版胴の上の架け替え場所である。版には識別番号がコードで焼かれており、印刷機のそれぞれの胴に配置されたセンサーが、正しい版がセットされたことを照合している。“正しい版”とは、ワークフローのPrinectが、システム全体と全ての仕事の内容を俯瞰して、もっとも効率が良く生産が継続できると判断した仕事の順による。最もプランケットの洗浄頻度が少なく、かつ洗浄レベルが軽度で済み、紙の架け替えも少なく、その他あらゆる要件を判断して決定された仕事の順に従って、版が印刷機に運ばれてくる。印刷機は印刷データから事前に紙の拡縮を計算し、見当を一発で合わせる。これを執念と呼ばずに、何と呼ぶか? デジタル印刷への「怨念」であろうか?

もうひとつ、執念を感じる版替え自動化を、ご紹介申し上げる。こちらはComexiという軟包装を対象とする、フレキソ、オフセット、後加工機のメーカーで、創業67年、従業員500名+、家族経営のスペイン企業である。この、失礼ながら大企業とは言い難い会社が、大躍進して「下克上」を行い、そして、第一部「南北問題」編で申し上げた通り、上昇気流のパッケージ印刷で、印刷技術としてのフレキソを、少なくともvirtual.drupaの中では大躍進させた、立役者である。

Profitable automation to increase performance in Flexible Packaging processes from Messe Düsseldorf on Vimeo.

 19分20秒~ 当然のようにスリーブの交換は、“印刷しながら”だ。もう呪文は効かない。呪縛は解き放たれた。市場では、量的にも金額的にも支配的な位置を占めるアナログ印刷技術は、自動化とワークフローを身にまとうことで次世代技術として生まれ変わり、再び展示会においても逆襲するのであろうか? 
drupaは、ひいては印刷業界は、どこを目指すのであろうか?

追伸:
四半世紀前に「にわかデジタルプレス」でデビューした私だが、このvirtual.drupaでも、これから新しい挑戦をする日本メーカーを2社、見つけた。どちらもインクジェットだが、みるからに事務機の雰囲気そのままでvirtual.drupaに出展して、“プレス”だと言い張っている。懐かしいし、微笑ましい。「いつか来た道」を歩まんとする若人に、幸多からんことを祈る。何かしらお役に立ちそうな気もするが、年寄りは、余計なことは言わない。

関連記事

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

ログイン

ピックアップ記事

  1. 今年で3回目となるテクノロジー・アウトルックでは、Trish Witkowskiが最新の製本・仕上げ...
  2. 本記事は前回の続編として、Prime Data社のSteve Falk社長が、自社のカーボンフッ...
  3. 印刷機の速度、解像度、およびバリアブルデータの使用は増加しており、それに伴い、印刷後の加工やコンバー...
  4. DMが排出するカーボンフットプリント(製品のライフサイクルで排出される二酸化炭素の量)を把握すること...
  5. 欧州セクションエディターのRalf Schlözerが、2022年4月末にミュンヘンで開催されたオン...
  6. 拡張現実(AR)は、マーケティングの場において、爆発的に普及する準備が整っているのでしょうか?A...
  7. 版、インク、エネルギー、紙などの値上げが絶えないように感じますが、これらは印刷価格にどのような影...
  8. 不確実な時代の変化は、課題をもたらすこともあれば、新たな機会を生み出すこともあります。