コロナ後の印刷世界Part 3 「脱却と復興」

コロナ以前の世界が素晴らしかったかというと、必ずしもそうでもあるまい。日本は、大胆な変革をせねばならぬことを数多く抱え、低生産性に喘いでいた。コロナに直撃されても少しも変わらぬ、生産とは無関係な政治の世界を見ていれば、よくわかる。印刷業界も気を引き締めねばなるまい。生産性は決して高くはなく、海外に比べ自動化は遅れ、総じて利益率は低かった。ところがコロナにより大きな打撃を受け、状況がさらに悪化したことに青ざめ、過去の平穏時に戻ることが願いとなっていないであろうか? 
ここで「復旧」してはならない。元に戻ってはならない。そこは決して理想の世界ではなく、不効率による低生産性と、その改善を阻む「壁」の塊であった。長年の積み重ねによる進化の結果として、致し方のない事でもあるが、今はコロナによって、変わらなければ続かない。この非常事態を、取り囲んでいた壁を取り払い、かつての不可能を可能にする、大いなるチャンスとしなければならない。彼の国ではコロナを梃にして、大胆な投資と変革が行われている。これを見過ごしてはならない。

過去事例から学ぶ「不況からの脱却」

ハーバードビジネスレビュー(HBR)は2010年3月に「不況からの脱却:Roaring Out of Recession」を発表した。これは上場企業4,700社を対象に、1980年の債務危機、1990年の金融危機、2000年のバブル崩壊の中で、どのような戦略を取った企業が成功し、あるいは失敗したか、不況前の3年間、不況下の3年間、不況後の3年間を調査している。それによると、「17%の企業は、倒産、買収、上場廃止により生き残れなかった。生き残った企業も概ね回復が遅く、80%は不況前の成長率に届いていない。さらに40%は不況前の売上を回復できていない。不況後に不況以前よりも10%以上成長し、各指標を改善し、業界で競合に打ち勝てたのは、僅か9%に過ぎない。何が企業を分けたのであろうか?」
同レポートでは、企業を4つに分類している。

  • 防御型企業(Prevention Focus)
    ≫ 競合よりも、主に防御的な動きをし、損失を避け、ダウンサイドのリスクを最小にすることに焦点を当てている企業。
  • 攻撃型企業(Promotion Focus)
    ≫ 競合よりもアップサイドを目指す攻撃的な動きに、より多くを投資する企業。
  • 実用型企業(Pragmatic Focus)
    ≫ 防御および攻撃的な動きが混在する実用的な企業。
  • 進歩型企業(Progressive Focus)
    ≫ 防御および攻撃の最適な組合せを採用する企業。

これら4つのグループの会社が、不況後に競合他社に対して、売上、利益で圧倒する(10%以上上回った)比率をグループ別で見ると、それぞれ21%、26%、29%、37%であるという:

防御に偏りすぎてはならない

不況に直面すると多くの経営者は、自分たちの唯一の責任は、会社が大打撃を受けたり、潰れたりしないようにすることだと信じて、危機モードに突入する。彼らはすぐに、運営コストを削減し、支出を切り詰め、広告宣伝を止め、事業ポートフォリオを合理化し、人員数を減らし、現金を守ろうとする。また、研究開発や新規事業の開発、工場や機械などの資産の購入など、新たな投資を先延ばしにする。原則として防御を中心として考える防御型企業は、ほぼすべてのコストと投資を削減し、少なくともある側面において競合他社よりも大幅に支出を削減している。

2008年12月に26億ドルのコスト削減目標を発表したソニーは、防御型企業を体現している。いくつかの工場を閉鎖して1万6000人の雇用を削減し、スロバキアでの液晶テレビ工場の建設など、主力のエレクトロニクス事業への投資を遅らせる計画だ。この戦略は、2000年の不況時に、2年間で人員を11%削減し、研究開発費を12%削減し、設備投資を23%削減したのと似ている。その結果、利益率は1999年の8%から2002年には12%まで上昇したが、売上高の伸びは不況前の3年間の平均11%から1%にまで落ち込んだ。そして、ソニーは勢いを失ってしまった。その後、電子書籍リーダー、ゲーム機、有機ELテレビなどの新製品の開発に投資してきたが、それぞれアマゾン、マイクロソフト、任天堂、サムスンに抜かれている。

調査によると、防御型企業は、不況後に成功する例がほとんどない。このグループの売上高の平均成長率は 6%、利益の平均成長率は 4%であるのに対し、進歩型企業では それぞれ13%、12%と、他のグループに後れを取っている。2000年の不況後の3年間で、大企業200社の売上高は不況前と比べて平均120億ドル増加したのに対し、防御型企業の売上高は平均50億ドルしか増加していない。また、コスト削減を行っても、平均以上の収益の成長にはつながらなかった。景気後退後の利益は、予防に重点を置いた企業では、通常6億ドルの増加にとどまるのに対し、先進的な企業では平均66億ドルの増加となった。

攻撃に偏りすぎてもいけない

逆境に直面しても機会を追求するビジネスリーダーもいる。彼らは不況を口実に変化を押し通し、競合他社に無視されるかもしれない顧客に近づき、長期的な利益をもたらす戦略的投資を行い、不況によって利用可能になった人材、資産、または事業を獲得するために行動する。

例えば、2000年の不況の真只中、ヒューレット・パッカードは、売上や利益が減少しているにもかかわらず、野心的な改革案を立案した。当時CEOだったカーリー・フィオリーナは、「ブラックジャックでは、勝てる確率が上がるとダブルダウン(倍賭け)する。私たちは倍賭けするつもりだ」と主張していた。HPは大規模な構造改革プログラムに着手し、史上最大の250億ドルでCompaqを買収し、研究開発費を9%増加させた。また、企業のブランディングキャンペーンに2億ドル、発展途上国での情報技術の利用可能性を拡大するために10億ドルを費やした。これらの取り組みは組織にストレスを与え、経営陣の注意力を薄めてしまった。不況が終わった時に、IBMやDellの収益性レベルに匹敵するのは困難であった。2004年には、HPの収益は8.4%となり、IBMの16.8%、Dellの9.3%を下回った。(この記事では、「利益」と「収益」は、売上高に占める利子・税金・減価償却費・償却前利益[EBITDA]を差している)

攻撃型の企業は楽観主義の文化を醸成し、危機の深刻さを否定してしまう。顧客の予算削減などの早期の警告サインを無視し、革新を続ける限り売上と利益は増加し続ける、という信念に固執する。顧客が低価格化やコストパフォーマンスの向上を切望しているにもかかわらず、これらの企業は自社の製品に付加価値を加えている。彼らは、パイが縮小しているので、成長を維持するためにはライバルからさらに大きなシェアを獲得しなければならないことに気づかない。楽観的なリーダーは、前向きで成長志向の環境で活躍する社員を惹きつける。肯定的な思考が組織に浸透すると、否定的な人は疎外され、現実は見過ごされる。攻撃型企業が業績不振に陥ることが多いのはそのためである。

成長に重点を置いているにもかかわらず、攻撃型企業の不況後の売上高と利益は、それぞれ8%と6%しか増加していないのに対し、進歩型企業の売上高は13%と12%増加している。2000年の不況に取り組んだ大企業200社の中で、攻撃型企業は平均で売上高を150億ドル、利益を15億ドル増加させたが、進歩型企業の平均売上増加額、280億ドル、利益増加額66億ドルよりもはるかに低い。

微妙なバランス

実用型企業の経営者は、不況を乗り切るためにはコスト削減が必要であり、成長を促進するためには投資も同様に不可欠であり、自社が不況後のリーダーとして浮上するためには、両方を同時に管理しなければならないことを認識している。
この組み合わせは容易に思われる: 少しの攻撃、少しの防御、そうすれば、ほーら、勝者になれる。それほど簡単ではあるまい。企業は通常3つの防御策、従業員数を減らすこと、業務上の効率を改善すること、またはその両方と3つの攻撃策を結合すればよい。それは、新しい市場を開発すること、新しい資産に投資すること、またはその両方である。これにより、9つの組み合わせが考えられ、そのうちのいくつかは他の組み合わせよりも効果的である。
下図「最良策の組み合わせはどれか」を参照されたい。

業務効率の向上、新市場の開拓、資産基盤の拡大に同時に注力している企業は、平均して売上高が最も高い業績を示している。

景気後退後の勝者を生み出す可能性が最も高いのは、進歩型企業が追求する組み合わせである。これらの企業の防御的な動きは限定的である。彼らは、競合他社よりも相対的に従業員の数を削減するよりも、むしろ業務上の効率を改善することによって主に費用を削減する。逆に、攻撃的な動きは広範囲である。競合他社が行うR&Dやマーケティングよりも、かなり大きな投資を行うことで新たなビジネスチャンスを開拓し、工場や機械などの資産に投資している。また、不況後の売上・利益の成長率は、今回の調査では最も優れている。この組み合わせを採用している企業が、なぜ不況後にこれほどまでに好調なのかを理解することは重要である。(引用ここまで)

印刷会社の復興戦略

ここからはWhatTheyThink!のHeidi Tolliver-Walkerの記事「COVID-19パンデミック時の成功の教訓1」から引用したい。
「不況下で成功する企業とそうでない企業を分けるものは何か? 答えは明快です。調査を通じても、事例研究からも、成功は一貫して積極策に宿ることを発見しました。これには、マーケティングを積極的に進め、計算されたリスクを冒し、他の誰もが手を引いている時にイノベーションに投資することを厭わない人々が含まれています。これは最近、COVID-19パンデミックから生き残っただけでなく、成長を遂げた印刷会社をいくつか見てきた中で、私が興味を持ったトピックです。彼らは少し成長しただけではありません。大きく成長しているのです。私はいくつかの調査をすることにしました。調査の結果、私が見つけたものは、通信業界でもそれ以外でも、多くの事例は私が見たものと一致していたのです。」
そして3社の実例を挙げているので、こちらで紹介する。

実例① レックス・スリー社

フロリダ州デイビーに拠点を置く特殊印刷会社、レックス・スリー社は、クライアントのためにカスタムワークフローを作成することで知られています。ウイルスが定着すると、レックス・スリーは長期戦を覚悟していました。3月には、従業員が在宅勤務を開始しなければならなくなった場合でも100%の状態で業務を継続できるように、完全に自動化されたワークフローを作成することを目標に、パンデミック対応計画への多額の投資を開始しました。

この計画をサポートするために、同社はいくつかの重要なステップを踏みました。その中には、スピードを向上させるためのサーバー運用の一箇所への統合、HDサーバーのSSDサーバーへの置き換え、帯域幅の250%の増加、しばらくの間リモートワークが必要となる可能性のある全従業員のために約50のVPNの構築などが含まれます。

レックス・スリーは、すでに一部のクライアントに対して、プリプレスから仕上げまでの完全なタッチレスなワークフローを構築していました。しかし3月からは、ベンダーパートナーの1社であるHYBRID Software社と緊密に連携し、多様な製品ポートフォリオを扱うために複数のワークフローを必要とするクライアントを含め、すべてのクライアントのためにタッチレスなワークフローを作成しました。

さらに、レックス・スリーは代行梱包(Co-packing)にも挑戦しました。レックス・スリーはすでに強固な代行梱包のビジネスを展開していましたが、この「手数の多い」プロセスが社会的な距離を保つ要件に影響を受けていたため、同社は新しいチャンスを見出したのです。同社は、完全に社会的に距離を置いて代行梱包業務を行うために社内スペースを再構築し(移動式テーブルの追加を含む)、必要に応じて追加スペースをレンタルし、COVID-19のすべてのガイドラインに準拠するためにその他の変更を行いました。現在、同社の代行梱包事業は倍増しています。印刷とは関係のない製品まで扱っています。

積極的な戦略と投資意欲の結果、レックス・スリーの収益は急上昇しました。パンデミックが始まって以来、同社は100人以上の従業員を増員し、維持するために追加のスペースを借りました。同社の成長は既存の顧客と、他の印刷業者(および代行梱包業者)がニーズを満たすことができなかった顧客が新規となり、それらの両方からもたらされました。

実例② コンチネンタル・ウェブプレス社(CWP)

イリノイ州イタスカにあるこの総合印刷会社は、カラーの品質が極めて重要なプルーフを必要とするハイエンドの顧客にサービスを提供しています。パンデミックの期間中は出張が制限されていたため、同社では、顧客が実際に出張して承認を行った場合と同じように、印刷上のカラーに対する信頼感を顧客に提供できる新しいバーチャルでのプルーフのソリューションを必要としていました。

CWP社はDALiM Software社と協力して、画期的なプルーフィングの革新技術「CWP Virtual Press OK」を開発しました。このソリューションでは、ハイエンドスキャナとDALiM ES社とDIALOGUE社のカラー管理ツールと共同配信システムを使用しています。プレスプルーフ(本機校正)が印刷機から取り出されると、オペレーターは物理的なプルーフを「Virtual Press OK」にスキャンし、絵柄をスライドさせる機能を使用して、プルーフとバーチャルプルーフを1インチずつ比較することができます。「Virtual Press OK」は、カラー精度を保証するだけでなく、お客様のコスト負担となる最大3,000ドル掛かるプルーフを承認するための出張費が削減できました。

CWP社は、他のイノベーターと同様に、現在の顧客だけでなく、新規顧客からの投資の結果、収益が増加しています。
CWP社のより詳しい記事はこちらから:「COVID-19の影響で コンチネンタルウェブプレス社の革新的なシステムが新規事業を獲得

実例③ ポストカードマニア社(PostcardMania)

AdWeek誌は先日、2020年第3四半期の収益が26%増と、同社史上最高の四半期収益を記録したフルサービスのポストカードのダイレクトメール会社である、ポストカードマニア社の大成功について報じた。

その秘密は? 他の企業と同じです。ポストカードマニア社は、単にパンデミックを乗り切ろうとするのではなく、投資と革新を行うことにしました。

例えば、顧客が(一時的ではあるが)強制的な閉鎖に直面していたにもかかわらず、ポストカードマニア社は、トリガーベースのダイレクトメールを提供するためのAPI、Eコマース、および統合部門を立ち上げ、すべてのダイレクトメールキャンペーンにオンライン広告を追加し、マーケティング予算の削減を拒否し、代わりに顧客への教育キャンペーンを重点的に開始しました。

結果は? 顧客はパンデミックの間もメールを送り続け、彼らとポストカードマニア社の両方がその恩恵を受けました。例えば、ある歯科医院の顧客は、政府による強制的な診療停止期間もメールを送り続け、診療を再開したところ、3月から9月にかけて前年比41%の収入増を記録しました。

これらの実例を引用して、Heidiはこう結論づけている。
「これらの話は、イノベーションは恐怖に勝り、創造性は麻痺に勝る、ということを思い出させてくれます。私たちは歴史の中でそれを見てきましたし、私たちの業界でもそれを見てきました。だから、もしあなたがまだイノベーションを起こしたことがないのであれば、創造力を発揮して下さい。このパンデミックは暫くの間、私たちから離れないかも知れず、そのためには新しい機会を見付け、再発明し、それらを活用していかねばなりません。」

実例④ スタンダード社(Standard)

アメリカの後加工機の販売、サービスの大手代理店であるスタンダード社の実例を、Trish Witkowskiが柔軟性の年:「2020年の後加工を振り返る」で紹介している。

「”スタンダード社は、間違いなく、転換しました。” と、マーケティング担当ディレクターのドン・ダブーク氏は述べている。”COVID 以前は、対面での VIP 訪問で非常に忙しくしていましたが、今では仮想での機器のデモを数多く行っています。仮想デモは、COVIDを乗り切る際に大きな成功を収めており、パンデミックを乗り切った後も、当社の販売とマーケティングのポートフォリオの一部として活躍してくれることでしょう。”」
今回のPart3では、不況に生き残り、そして不況後に飛躍する方法について、そして変革しつつある印刷企業の実例を探った。それらの最善の解は、合理的で前向きな投資であった。最終回のPart4では、今後の日本の印刷会社が取り組むべき投資の方向性を探りたい。

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