ミヤコシオープンハウスに見る壮大な戦略

ミヤコシのオープンハウスが先月11月27日、28日の2日間において、3年ぶりに同社八千代工場で行われた。

<オープンハウスの様子>

かつてミヤコシが大いに活躍したフォーム印刷業界は、ITが進む中でフォーム印刷が減少し、業界地図は大きく書き変わった。多くのフォーム印刷会社は、データ印刷に活路を求め成長していった。ミヤコシもそれを追うようにデジタル印刷に活路を求め、その売上構成を大きくシフトさせてきた。今日のミヤコシの売上の過半はデジタルであろう。
今多くの印刷機メーカーが、パートナーと提携してデジタル印刷機を市場に投入し、なんとかデジタルシフトを始めようとしている中、ミヤコシはとっくにその移行を完了させている。

今回のオープンハウスは、二つの軸で評価できよう。

一つ目の軸は、ミヤコシの二つのデジタル印刷技術である。ミヤコシが他のオフセット印刷機メーカーと一線を画するのは、特定のパートナーに依存しない、独自のデジタル印刷技術であろう。
まずは十八番のインクジェット。インクジェットに関しては、自社ヘッドを持たない強み?を活かして、最善のヘッドとインクを市場で峻別し、それぞれのメーカーと共同で最適なソリューションを作り込んできた。フォームで培ったナロー輪転の技術は、インクジェットによるデータプリントに打ってつけであった。
次に液体現像トナーである。ミヤコシは長年この液体現像トナーに不思議な執着を示してきた。Landaが、史上初の液体現像トナー方式デジタル印刷機Indigoを発売してから、早20余年。今年になってXeikonが撤退を表明した今、ミヤコシは液体現像トナーに挑戦するほとんど唯一の生き残りであろう。何がミヤコシをこの技術に駆り立てるのか? この20余年の後発を埋める戦略とは何か?

二つ目の軸は、印刷する素材である。従来の紙媒体への印刷に加えて、ラベル素材、軟包装フィルムへの印刷に大きく踏み込んでいる。これらの印刷にはあたっては、軸となっている二つのデジタル印刷技術だけではなく、オフセット技術も展開している。それらのサンプル展示を通じて総合的な取り組みを紹介していた。ここから今まではオフセットからデジタルへの移行を成長のエンジンとしていたミヤコシが、新しい成長のドライバーを模索している事が伺える。

デジタル印刷、各種素材への印刷、の両軸ともにミヤコシの競争力の源泉は、「小ロット対応」、「バリアブル対応」から生まれる価値である。

まずは今回のハイライト、MJP20AXをご紹介しよう。
インクジェット・ドロップオンデマンド方式、1200×1200dpi、片面4cで反転させて2タワーで両面印刷。印刷速度200m/分。

<MJP20AX操作画面>

<MJP20AX、排紙部>

デジタル・ミヤコシの王道商品であって、驚きはない。ミヤコシがナローの輪転技術を駆使して、OEMパートナーを通じてフォーム業界のデータプリント向けに、圧倒的なシェアで供給してきた源泉の技術である。
ところが、インクジェットdrupaと呼ばれた2008年からこのセグメントの機械で商業印刷向けのアプリケーションを目指す動きが顕在化した。そして少し風向きが変わる。デジタル印刷機メーカーは、独自のナローの輪転インクジェット機の品質を向上させ、オフセットの牙城である商業印刷市場に切り込む事に血道を上げる事となった。
特にミヤコシが着目すべきはこれまでのOEMパートナーが、自社製の機械でもって商業印刷市場への参入を発表し、実際に発売していることであろう。
大企業であるOEMパートナーは、巨額の開発費を回収するため、ビジネスモデルをオフセット印刷のようなばら売りではなく、従来型デジタル印刷機のビジネスモデル、すなわち完成させたシステム全体の設計・製造とサプライの販売の一体化を目指している。いってみれば「カウンターチャージ」に類する考え方をインクジェットに持ち込もうとしている。そして、ヘッド、インク、筺体のそれぞれの自社開発に投資を始めている。このままではミヤコシは対OEMパートナーと横一線になってしまう。そうなった瞬間にOEMサプライヤーとしての競争優位は途切れてしまう。
では、ミヤコシの勝ち筋は?
今回のオープンハウスにおいて、MJP20AXはその答えを出さねばならない筈だ。OEMパートナーに対して、「なぜ自社で開発した商品ではなく、ミヤコシからのOEMでなければならないのか?」を証明しければならない。出来なければ、ミヤコシの「最強のOEMサプライヤー」としての地位は終わりかねない。
20AXのプレゼンを聞いた。特に新しい事はない。配られたサンプルを見た。そして隣のミヤコシの人間に尋ねた。
「このサンプル、何? インクジェットなの?」 
そう。私にはオフセットに見えた。
ミヤコシ「そうですよ。インクジェット。この機械で日曜に刷りました。今もデモで刷っています。」 
デモは分速200mで早すぎて何を刷っているのかよく見えないが、そう言われればそのようにも見える。
亀井「紙は??」
ミヤコシ「OKトップコートですよ!」
亀井「ボンディングは???」
ミヤコシ「しておりません!!」
亀井「!!??△□!」 
私は、驚愕した。
提灯を持っているわけではない。本当に驚いたのだ。元々ミヤコシのサンプルは質実剛健?で、根がデータ印刷のモノクロ出身ということもあって、カラーの出来は今一つも二つもピンとこない(失礼!)物が多かった。
今回は違う。
同じセグメントの競合他社、OEMパートナーのサンプルがどれもこれも、紙の特性、インクの盛量、品質そして乾燥の狭間で大苦戦している。商業印刷のレベル、すなわちオフセット同等まで持ってくるのに四苦八苦している。それを尻目に何事もなかったかのように、ミヤコシらしく平然と、「ここまで出来ます」と打ん殴って見せたのだ!! いや、驚いた。ご覧になっていない方も、是非ご覧になられたい。これまでのインクジェットに対する認識を変えていただけるかもしれない。
ヘッド、インク、そしてコントローラーもパートナーとともに社内で開発を進めてきたという。あまり知られていないが、自社開発のコントローラーは標準2ビット、オンザフライで200mの実力である。3ビットも対応している。このスピードについて来れるメーカーは世界的にもなかなか無かろう。ミヤコシの開発規模から考えれば、驚愕せざるを得ない。

再びミヤコシの優位性が脚光を浴びるのではないか? 

<MJP20AXのサンプルを見つめる人々>

もう一つのハイライトがMDP4000である
液体現像トナー、枚葉、B2毎時4000枚、自動両面対応
2012年のdrupaは、各社ともB2の枚葉インクジェット機を発表し、“B2 drupa”と呼ばれた。その時にミヤコシは十八番のインクジェットではなく、液体現像トナーのMDP8000でB2の枚葉市場に参戦している。今回もMDP8000も展示されている。
ねらいは、中型の枚葉でコストを押さえて、市場への普及と浸透を目指したと思われる。
あれから5年。現状を見てみれば、どのメーカーも発売するのが精一杯で、市場で大きなインパクトを創り出しているとはお世辞にも言えない。ミヤコシは発売すら出来ていない。なぜだろうか? 
ここから先は私の想像である。ミヤコシは本質的に輪転の会社であって、その機械が紙に与えるテンションは高く、常にピンと張った状態で搬送される。従って紙とヘッドの距離は常に一定である。これがインクジェットにおけるミヤコシの強みであった。枚葉ではこの強みは消滅する。紙と紙の間に隙間があり、テンションが掛っていない状態ではインクジェットは印刷出来ない。特に紙に接近せねばならず、距離が取りにくいドロップオンデマンド方式のヘッドではなおさらである。ミヤコシが枚葉機にインクジェットを採用せず、液体現像トナーに固執しているのはもちろん品質の差別化にもあると思われるが、ここに理由があるであろう。
では20余年前から存在する液体現像トナーの技術を、「現在開発中」で勝ち筋はあるのか? サンプルを見る限りかなり品質は向上してきている。しかしターゲットとなるHP Indigoは既に市場で稼働、定着して20余年である。なにをもって差別化するのか?
ヒントはIndigoが使っている揮発性の高い溶剤、Isoparにあると思われる。これのインパクトは次の素材の話で書いてみたい。

<MDP4000 全体構成>

<MDP4000操作部>

<MDP4000プレゼン>

では二つ目の軸である、印刷素材で見てみよう。
ミヤコシはオフセットのラベル機の歴史は比較的長い。これもナローの輪転機である。ただしフレキソやグラビアのように胴に直接版像を描画する技術と違い、胴にフィルムや板を巻きつけるオフセットは必ず画像間に継ぎ目が生じる。これを埋める為に一回転毎にステップバックする間欠方式をとっている。
オフセットはその製版の容易さ、コストの安さ、交換の容易さから、対フレキソ、対グラビアでは圧倒的に「小ロット対応」の技術である。生産性が落ちる間欠方式が成立するのは、そこに価値があるからだ。
オフセット間欠方式のラベル印刷機、MLPシリーズは欧州を中心に実績があり、今年で二年目のMIYAKOSHI EUROPE社の主力製品でもあるようだ。
ラベル印刷用途には各種デジタル印刷技術を駆使して、総合的なアプローチを図ろうとしている。コニカミノルタとの共同開発であるMKDは、コニカミノルタの粉体トナー方式機を輪転対応し、ラベル印刷を可能としている。既にコニカミノルタでは、各国でかなりの数の出荷があるようだ。
インクジェット方式ではUVインクと水性顔料インクの二種類のラベル印刷機があり、幅広いニーズに応える事ができる。
ラベルエキスポ出展機がまだ帰路の洋上で今回の展示には間に合わなかったが、ラベル用後加工機MJLのプレゼンを行っていた。フォームの世界ではあらゆる後加工ニーズに対応してきたミヤコシの実力の片鱗がうかがえる。

このラベルの技術を用いて、ミヤコシは軟包装市場に向けてフィルムの印刷に打って出た。
まずはスリーブ方式のオフセット機MHLシリーズは、UVインクのオフセット印刷をLED乾燥して、フィルム対応を行っている。国内で複数台実績があり、サンプル展示を行っていた。面白いのは昨今増加しているDMやメーラーのフィルムラッピング用に用途が広がっていることであろう。これならば包材の営業経験の無い商業印刷会社も対応できる。それ以外にも数多い用途展示がなされていたが、UVを使っているので食品以外のアプリケーションが多いようだ。UVと食品については重要な話で後述する。
スリーブ方式の弱点は、印刷サイズによってスリーブを揃えなければならない点であり、その点では間欠方式の方が優れている。ただし引っ張り戻すため印刷素材にテンションがかかり、伸びやすいフィルムには向かない。その課題を克服したフィルム用間欠式オフセット印刷機を開発、受注し、来年初頭に秋田の工場でオープンハウスを行うという。この「個別開発、受注、生産」を「同時、多発」で行う事がミヤコシの真骨頂かもしれない。量産型メーカーではありえない。

今回は展示されていなかったが、ミヤコシは富士フィルムと共同開発のインクジェット印刷機MJP20Wが既に国内で複数実績が出ている。こちらもUVインクを使用しており、インクジェットではオフセットよりもインクの粘度が高く、開始剤の量も多く、食品に対するマイグレーションの課題は、さらに厳しい。それを富士フィルムの窒素パージを使ったEuconテクノロジーを使って乾燥度合いを高め、臭いを大幅に低減しているという。
今回は、液体現像トナーを使ったフィルム用デジタル印刷機MDP2500を展示、デモを行っていた。

<MDP2500>

このように軟包装市場に対しても、オフセット、インクジェット、液体現像トナーの3つの技術で挑みかかろうとしている。素晴らしい取組であろう。日本では唯一の存在に思える。
ここで軟包装市場の特性を少しお話したい。それは「食品」が最大のマーケットであるという点と、「食品」独特の規制を考慮せねばならない、という事である。
マイグレーション(Migration)とは、インクの成分が浸透して食品に転移することであるが、これが欧州においてUVの開始剤で実際に起こったとされ、以来UVを食品に使う事は、その臭気の問題と合わせて禁忌扱いであった。欧州の食品の規制にはこのマイグレーションは厳然と規制されており、一次接触(食品に直接接触)、ニ次接触(間接接触)、三次接触(二次包材)まで規定がある。印刷業界としては、「使いたい。だけど使えない」、あるいは「使いづらい、腰がひける」、なんとか「お墨付きが欲しい」、ということで寄ると触るとこの話題がでる。大きめの展示会のセミナーとコンフェレンスはこれで持ちきりである。今年のLabelExpoもそうであったという。特に開始剤の量が多いインクジェットのUVにとってのLow Migrationは重要課題として各インキメーカーが取り組んでいる。
だから、液体現像トナーが脚光を浴びている。現実、オフセットでもインクジェットでもUVがダメとなると、唯一フィルム対応が出来る小ロット印刷の技術になってしまう。という事で小ロット対応を全面にだしたHP Indigoが先行している。では液体現像トナーは安全かというと昔から疑問符が付いている。現在の液体現像トナーは、有機溶剤であるIsoparを使用している。揮発するので残留しないというが、乾燥するまえまではそこに存在している。将来的には規制が厳しくなり、食品への包装には大きな障害となる可能性はないのか? この辺りに大いなる勝機があるように思われる。
いずれにせよデジタル印刷の生産性では、グラビアの牙城に遠く及ばず、現在ではサンプル作製に留まっている。実生産には程遠い。この市場に本格的に迫るにはオフセットの生産能力とスピードが必要であろう。その上で、デジタル印刷技術との組み合わせによる「小ロット」「バリアブル印刷」の付加価値で、どこまでグラビアに迫れるか? メインストリートに迫れるか? 非常に楽しみである。

さらにテキスタイルへのインクジェット印刷もデモを行っていた。

このように、紙からラベルへ、さらにフィルムへと包材のマーケットにおいてのミヤコシの挑戦は続いている。
「オフセット」と「デジタル」、デジタルも「インクジェット」と「液体現像トナー」。それぞれの技術を持って「小ロット」と「バリアブル」対応の価値で挑むミヤコシに、印刷会社の皆様は是非ご着目頂きたい。これらは、皆様の新規事業への道を拓く。ラッピング素材の例を思い起こして頂きたい。あれは封筒で、包まれるものは商業印刷の皆さんが印刷・製本しているカタログだったり、DMだったり、冊子だったりする。バリューチェーンのすぐ隣、スマイルカーブを上って行った方向である。
また「包材」「パッケージ」は本来マーケティング・サービスの一環であって、最もマーケティング効果が要求されるものだ。印刷技術が違うので異なる業界を形成しているが、マーケティング・サービスを提供している会社としては、少なくともソリューションの一環として取組むべきであろう。
とはいえ、資材が違う、技術が違う、後加工も違う、となると壁は高い。ミヤコシはその壁を取り払い、市場を拓こうとしている。皆様にはそれを利用するチャンスがある。

今回はミヤコシオープンハウスを二つの軸で評価してみた。両軸の視点からみて、「小ロット化」「バリアブル」による価値の創出を、「デジタル印刷技術」「オフセット印刷技術」を用いて、「紙」でも「フィルム」でも実現し、業界を進化させようという熱意がひしひしと伝わってきた。

来年はIGASである。IGASでは、これらの機種に大輪の薔薇がいくつも咲くのではなかろうか?

亀井雅彦
社団法人PODi代表理事

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