連載:徒然なり オンデマンド (13)

新市場への扉を開く

新しい印刷物の定義を確認しよう。

  1. 「顧客を追いかける追跡性」
  2. 「顧客の動きに応える応対性」
  3. 「顧客の動きに合わせた即時性」
  4. 「低コスト」
  5. 人を引き付ける魅力的なデザイン

これを見ると、いくつか課題が浮かび上がる。
まずは、その価値ある魅力的な印刷物を、どうやって造るのか? 
造った物をどうすれば低コストでリアルタイムに近い短納期で配送できるのか? 
これからの市場規模は、それで決まる。

 

魅力的な価値あるデザインとはなにか?

Restoration Hardwareのように、恐らく最高のカメラマンが最高の環境で撮影した写真を惜しげもなく使用できれば何も言う事はない。デザインにも、時間も金もふんだんに掛けている。こういう価値のある印刷は強い。

膨大な量のデジタル・メッセージが、機械的に生成される。そしてそれぞれのメッセージは、インターネットの大河を押し流されるように消失してしまう。その中でも価値のあるデジタル・メッセージは、保存と差別化を求めて価値のある印刷に行きつくのだ。
ただし、顧客の行為に「応対」してそれを「追跡」するとなると、そうとばかりはいかない。この場合の価値は品質だけではなく、顧客との「関連性」だ。自分の事である、と認識してもらうことに価値がある。

これを実現するためには、顧客毎に刷り分けねばならない。パターンにはめ込む組版とデジタル印刷の組み合わせが武器となる。パターン・テンプレートにはめ込むため、デザイン品質は落ちる。デジタル印刷のため、印刷品質は落ちるしコストは上がる。それでも顧客からみて「自分の事」と考えられる「関連性」があれば、顧客体験を始める事が出来る「価値」となる。

 

動き出した米国市場

アメリカでは、この価値を追求した印刷物、ダイレクトメールの市場が立ち上がりつつある。

第一回で申し上げたが、ダイレクトメールから脱却してデータマーケティングに移行したDMAは、自らの調査で印刷物の数量が大幅に減少しているのを確認している。ではなぜ昨年2018年のDMA の年次大会である&THENの主要テーマの一つが「Print Innovation Digital Integration=印刷の進化、デジタルとの融合」であったのか? 一昨年2017年のテーマと会場の主力は「デジタルは無敵」であった。誰も印刷の話はしていなかった。なぜ一年で変わったのか? それには伏線が三つある。
ひとつは、目を見張る近年のダイレクトメールのレスポンスレートの向上である。こういうデータを定点観測しているのは素晴らしい。

 

 

2003年以降続落傾向であったが、2015年を底として大きく反転している。なぜか? 明確な答えは準備されていない。以下私の推論である。あらゆるWebでの行動は監視され、追跡される今日この頃であるが、利用者は心得ており「見ざる」「開かず」「レスせず」である。それと反比例するが如く、ダイレクトメールのレスポンスレートが向上していることを示唆している。
正に始まったばかりのリターゲティングのダイレクトメールが全体の数字に影響している可能性は未だ低いが、積み上げられてきた印刷側の努力、すなわちターゲットの顧客に関連付けるデータの進化、高速インクジェットによるマスカスタマイゼイションによるコスト削減、印刷品質の向上等も考えられる。
ふたつには、通数が大幅に減少しても市場規模を維持している点である。

 

 

すなわち一通あたりのコストが倍増しているはずだ。これは印刷側の努力が売上増となったのではないか? ターゲットを絞ったダイレクトメール、一覧性の高い写真を多用したカタログが増えたのではないか?と彷彿とさせる。
そしてDMAは、2018年こそ反転して印刷物の物量が増加する年である、と予測している。

 

 

最後のポイントは、「告知不足」である。
&THENのConcurrent Sessionの1つである「Print Integration Digital Integration=印刷の進化 デジタルとの融合」は、実に簡単な可変印刷のダイレクトメールのケーススタディであふれており、20年前にPODiが始めた物と変わらない。ところが驚いたことに、常に満席で若いマーケターであふれていた。彼らは口々に「我々がデジタルで行っている顧客の追跡が、印刷でもできるなんて!」「知らなかった!」「驚いた!!」と話している。

驚いたのはこちらの方だ。可変印刷はモノクロでは30年前には確立した技術だった。カラーの差し替えも20年近く前から存在している。当時から機械もソフトウェアも十分に熟練したものであって、実用に耐えうるものであったことは述べた。

これこそが、DMAが今回Print Innovationのセッションを持ち出した背景であろう。若いマーケターが印刷の能力を知らない事を憂慮し、啓蒙しようとしたに違いない。

反省せねばならないこともあった。2018年のPODi派遣団は、印刷業界14名、広告業界4名、メール業界2名、計20名の大所帯かつ混成軍であった。印刷業界の人間はフォーム業界の人間も多く、デジタル印刷、可変印刷には熟知している。なので、狐につままれたような顔をしている。だが広告業界の4人のチームメンバーに話をすると、意外な事に「そこまで出来るとは知らなかった」「そんなこと出来ても間違えるでしょ? お客に謝るの大変なんだから!」といったコメントが多く、日頃の告知活動、情報発信が不足しているのは彼の国だけでなかったのを痛感させられた。ここ20年、一体なにをやってきたのだろうか?

著者プロフィール
社団法人PODi 代表理事 亀井雅彦(かめいまさひこ) デジタル印刷活用をテーマに、印刷機メーカーや印刷会社に対して、人材の育成および教育・コンサルティングサービスや各種普及啓発活動、イベント、セミナーの開催を実施。

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