コロナ後の印刷世界Part 1 揺れる経済予測

いまや世界中すべての国が、大がかりな社会実験のモルモットだ。誰もが在宅勤務となり、相手との意思疎通も遠距離のみとなったとき、いったい何が起こるのか?学校や大学がいっせいにオンライン授業になったらどうなるのか?通常時なら、政府、事業者、教育委員会がこんな社会実験の実施に同意するはずもないが、いまは非常時なのだ。

ユヴァル・ノア・ハラリ イスラエルの歴史家「サピエンス全史」著者
非常事態が“日常”になったとき、人類は何を失うのか

コロナウイルスは世界に猛威を振るい、我々をかつてない苦境に追い込もうとしている。非常事態宣言による行動自粛、都市封鎖、医療崩壊等、現在の世界の状況がまさに、今が戦時であることを物語っている。2008年のリーマンショックなどの比ではない。リーマンは単なる金融危機であったが、コロナは戦争なのだ。いつ、だれが、何処で、被弾するかわからない。 ただし、見えざるウイルスと人類は戦うことは不可能だ。対抗できる薬品ができるまで、ひたすら逃げ回るのみである。その不確実性から、あらゆる経済見通し、各種業界見通しは、かつてないほど揺れている。この4部作のPart1では、それらの揺れる経済予測を時系列で追ってみたい。

IMF 2020年4月 世界経済見通しを発表

IMF(国際通貨基金)は事態を重く見て、2020年4月に世界経済の見通しを発表した。

 

感染症の世界的流行によって、世界経済は2020年にマイナス3%と大幅な縮小が予想され、これは2008年から2009年にかけての世界金融危機のときよりもはるかに深刻だ、とコメントしている。

 

2020年後半にパンデミックが収束し、拡散防止措置を徐々に解除することが可能になるという想定に基づくベースラインシナリオによると、2021年には政策支援もあって経済活動が正常化し、世界経済は5.8%成長すると予想される。

しかし同時に「この予測、パンデミックそのもの、そのマクロ経済への影響、さらには金融市場および一次産品市場のストレスなど、依然として相当な不確実性が存在する。世界経済が今年、10年前の世界金融危機のときを超える、大恐慌以来最悪の景気後退を経験する可能性はきわめて高い。現在の危機は大恐慌ならぬ「大封鎖」の様相を呈しており、世界経済はこの危機の結果、劇的なマイナス成長に陥ることが予測される。2021年には成長率がトレンドを上回り、部分的回復が見込まれるが、GDPの水準はウイルス流行前のトレンドより低い水準にとどまるだろう。しかも、回復の力強さについては大きな不透明感が存在する。成長率はさらに低くなる可能性もあり、その可能性は高いとさえ言える。」とコメントしており、下振れするシナリオを3つ準備している。

 

  1. 2020年において感染抑制策のためにかかる時間が(基本シナリオ対比)約50%伸びる
  2. 2021年においてマイルドな(基本シナリオ対比で3分の2程度の)感染拡大の第2波が到来
  3. 2020年の感染抑制策に時間がかかり、なおかつ2021年に感染拡大の第二波が到来する

いずれのシナリオについても、各国国債の利回り上昇から金融環境が引き締まり、政策当局が一段の対応を迫られることが想定されている。その結果、生産性の上昇率が抑制され、失業率も上昇することが警戒されるとの分析が披露されている。基本シナリオとの対比では、それぞれ以下のような展開が想定される。

  1. 2020年について-3%下振れする
  2. 2021年について-5%下振れする
  3. 2021年について-8%下振れする

つまり国際機関としてのIMFが、あまりにも悲観的な予測を前面に打ち出すと、その予測に基いて作成されるあらゆる予測や計画に影響が大きすぎる。どうしても、やや「玉虫色」の予測を基本シナリオとして提示し、3つの下振れリスクを追記することでこれを補完している、というのがこの「IMF世界経済の予測2020」の骨子であろう。

Smithers「2024年までの世界印刷市場の未来」を下方修正

2019年後半、調査会社のSmithers社は「2024年までの世界印刷の未来」という報告書を発表した。このデータは、コロナの影響が反映されていない。コロナは世界中の印刷生産量に大きな影響を与えることになるため、経済への影響や消費者行動の変化の可能性を考慮して予測を2020年5月に修正している。

 

元々の5年予測の内容は、全世界の全ての印刷の合計は、2020年には金額は8,340億ドル、数量はA4換算で49.4兆枚となり、以降2024年までの金額の年平均成長率は1.3%、数量は全体的に横ばいとなっていた。これに対して、IMFのレポートの影響を強く受けていると思われる下方修正を発表している。

 

 

黄色の線が2019年の予測を示しており、それに対して下方修正シナリオが3つ提示されている。いずれのシナリオも印刷需要の減少を示しており、ラベルとパッケージングは最も影響を受けにくいが、世界経済の縮小に伴い、これらの市場でさえも減少が見られる。出版物の生産量は、書籍の短期的な増加はあるものの、既存の減少にさらに拍車をかけることになるだろう。商業印刷では、不況下の企業によるマーケティング費用の減少が需要を押し下げており、ラベルとパッケージは成長するが、以前の予測よりも低いペースとなる。2020年の印刷市場は、3.4%から10.7%の間で下落する。2021年にわずかに下落、これは恒久的なものとなる。COVID-19の経済的影響は、印刷需要に恒久的な変化をもたらすだろう。それは本当に破壊的な出来事であり、印刷に影響を与える長期的トレンドのいくつかを加速させるだろう。

需要の減少に伴い、弱小印刷会社やサプライヤーが倒産するなど、業界の大規模な再編成が行われるだろう。残った企業は革新と多様化を行い、市場へのルートがオンラインに変化していく中で、提供する製品やサービスの範囲を広げていく。初期の例としてPPE(個人防護具)の生産があげられる。2019年から2014年までの年平均成長率は世界的に金額では+1.3%の予測から0.1%のマイナスへ、数量では年率1.9%の減少となる。

コロナの印刷物別インパクト

印刷物は、その組み合わせ(ミックス)や生産方法によって異なる影響を受けると予想。部分的に明るい点や短期的な上昇はあるが、全体的には減少すると予想。

出版:数量 -13.8% 2020年

書籍 – ポジティブ
リモート教育の進展と読むためのより多くの時間が確保されることで短期的な成長。長期的な見通しは概ね同様で減少に向かう。

新聞 – ネガティブ
社会的距離と隔離は、市中での売上を停滞させる。長期的な展望は、衰退が継続、加速される。

雑誌– ネガティブ
カテゴリー間で差はあるもののマイナス。市中での売上高の減少、ビジネス広告の削減は、物理的な雑誌の減少を意味する。コンシューマー向雑誌は、オンライン雑誌と新しいモデルが試みられており、さらなる下落が予想される。B2B雑誌の方がよい。

グラフィックス:数量 -13.3% 2020年

カタログ – 電子商取引へのシフトからの減少、ロングランでの長期的な下落、小売業より多くのターゲットを絞ったものが登場する。

広告印刷 – 広告費抑制の短期的な犠牲者。FacebookやGoogleの成長率が鈍化しており、オンラインの減速から長期的な利益。Eコマースの成長は、食品・薬品店以外の小売店の閉店に伴う店舗POSやディスプレイ市場の下落を意味する。ダイレクトメールも数量が減少し、郵便事業を長期的に宅配サービスに向かわせる。 雑誌・新聞の減少に伴い、折り込みチラシが減少。

セキュリティプリント-短期的に売上増加、長期的には下落する需要動向は継続

商業印刷-短期的には需要減で大きな課題、中長期的には生き残り企業に大きなチャンス。大規模な統合、強い企業が繁栄しシェアを獲得

トランザクション – 減少傾向、オンライン化が進むが、コミュニケーション手法としては重要

パッケージとラベル:数量 -4.1% 2020年

短期的には、消費者がパニック状態で買い溜めした事、より多くの食品が外食ではなく小売業者を経由しているため、成長。必要不可欠な食品、飲料、医薬品、タバコ、パーソナルケア、家庭用需要は残るが、高級品、電子機器、衣料品、一般小売、産業用包装は短期的に下落。消費者がより衛生的な包装商品を求めるようになると増加する(例:コーヒーショップが、顧客が自分のカップを使用することを禁止する)。消費者が店舗を避けているため、E コマースの包装が増加(スーパーの配達用ビニール袋を含む)。長期的には、より地域に密着し安全なサプライチェーンを求めて、リショアリング(海外から国内への移転)が大きな変化をもたらす。

ラベル – 企業が在庫を維持するため短期的な増加。長期的な傾向は維持するが、よりオンデマンドなサービスへ移行。

段ボール – Eコマースからの後押しで、消費者向けの箱が増え続けている。

紙器 – より多くの家庭での消費で成長、プラスティックからの移行需要が長期的に見込まれる。

軟包装 – 持続可能性への影響に対して、食品廃棄物の削減、および安全で衛生的な食品生産に与える影響の再評価が必要。

IMF、世界経済の見通し下方修正-新型コロナの「容赦ない拡大」で 2020年6月24日

 

IMFは6月24日に、「コロナの容赦ない拡大」で世界経済の見通しを下方修正し、2020年の成長率を△4.9%とした。特に先進国での感染が拡大しており、2020年の成長率を△8%と大幅に引き下げた。

IMF、2020年の世界経済見通しを上方修正 2020年10月14日

IMFは10月14日には、世界経済の2020年の成長率はマイナス4.4%になると予想した。2020年6月に示された予想ほど深刻な収縮ではない。この修正は主に、第2四半期(4-6月)のGDPが予想を上回る結果になったことと、第3四半期(7-9月)により力強い回復の指標が見られる点を反映している、という。前者については、主に先進国で5月と6月にロックダウン(都市封鎖)が緩和された後、経済活動が予想よりも早く回復しはじめたことによる。世界経済は2021年には5.2%の成長が見込まれる、という。

はたしてそうであろうか? 11月末には日本では明らかに感染のスピードが上がり、GoToキャンペーンが迷走し、翌21年1月4日に中止、さらには首都圏一都三県に非常事態宣言を発出している。確かに上昇傾向にあった企業収益に、大きく水を差す可能性が高い。コロナを取り巻く不確実性は、収まるには程遠いように思われる。Part2ではアメリカの印刷市場、日本の上場企業の業績から、「模索」する方向性を探りたい。

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