Vistaprintの親会社Cimpress社は、その触手を印刷業界の心臓部に”完全データアップロード印刷”によって伸ばそうとしている。顧客がデザインしたデータを製造するという印刷業界最大の市場を、セルフサービス、オンライン購買を可能としたユーザー体験に投資して、獲得しようとしているのだ。
Cary Sherburne女史が書いた「Cimpress社CEO Robert Keane氏に今後について聞いてみた!」という記事を読んだ方も多いだろう。色々とそれについてコメントを書きはじめたら、500字を超えてしまったので、記事にしてしまえと思い、まとめてみた。まず、Cary女史の素晴らしい記事を読んで概要をつかんでいただき、そしてCimpress社が市場で何をしようとしているのか、私なりの見解について読んでいただきたい。
Cimpresss社はVistaPrint社の親会社である。同社は、印刷というレガシーの市場に、インターネットという新しい技術の息吹を吹き込んだ代表格だといえよう。検索エンジン最適化(SEO)や有料検索広告を活用して、オンライン上のテンプレートで作成するセルフサービスの名刺印刷等の需要を掘り起こした功績は、タイミングにおいても、戦略の実行においても、見事と言うしかない。本来、毎日のように各々の地場の印刷会社がバラバラに提供していた製品を新たな形で集約させ、需給の流れを変えてしまったこと、プロセスを100%セルフサービスにしたこと、そして、VistaPrint社が提供する製品が検索エンジンで必ず優先的に引っかかるようにインターネットマーケッティングを行ったことなどは業界のお手本となっている。
VistaPrint社は、たまたま製造しているが、その実態はマーケティング会社である。
同社のバックエンドシステムは素晴らしいものであるが、インタビューの中でのKeane氏の発言を読むと、彼は印刷の製造より需要の掘り起こしの方に価値を見出しているのが分かる。買収したフランスのExaprint社とドイツのWIRmachenDRUCK社は、製造を第三者に委託していて、生産設備を持たない。両社の売上げを合わせると1億ドル以上となるが、全てが150の印刷パートナーのネットワークに外注されている。つまり、製造に携わらない需要を掘り起こす会社を買収したのだ。
Cimpress社の戦略を私なりに考えるとこうなる。同社は、名刺印刷などの製品群を独占状態になるまで極めたが、売上げが頭打ちになってきていることに気づきはじめている。Vistaprint社が、これまで注力してきた印刷物をオンラインセルフサービスでデザインするといった市場は、印刷業界全体からみると小さなものだ。それよりもっと大きな市場は、企業やクライアントが必要なコンテンツを製作して、それを印刷物として加工するサービスの市場にある。Cimpress社はこれを「完全データアップロード印刷」と呼ぶ。印刷会社が従来からやってきた「特注印刷」にあらたな名称をつけるのは混乱をまねくかもしれないが、クライアントがデータを送り、それを印刷製造する当たり前の印刷プロセスであることには変わりない。通常、仕様を固めるとき、クライアントと印刷会社のやり取りはおおよそ2.5~3往復かかる。見積もりを確定し、プリプレスを行い、校正して、印刷するといった、この一連の流れこそ印刷会社にとっての本業であるのだが、お客様にとってはとても面倒なプロセスなのだ。
Cimpress社は、まさにこの部分を破壊しようとしている。
印刷業界の関係者たちは、このような一連のプロセスは、複雑すぎてネット化できないと高を括っていて、積極的ではない。だが、印刷業界が、好むと好まざるとの関わらず、ネット化されるのは必然だ。Cimpress社がそうしたいからではなく、顧客がそれを望んでいるからだ。 顧客は、印刷購買に関わる一連の流れの全てをセルフサービスにして簡素化することを切望している。住宅ローンをネットで申し込むことができるのに、カタログを印刷するときは、何故か地場の印刷会社とのメールのやり取りになってしまう。「複雑だから無理」というのは言い訳だ。ネットチャネルは、アマゾンの書籍販売のように、簡単なものから始まって、徐々に複雑なものへと発展していく。印刷プロセスも例外ではない。Cimpress社のような会社は、ユーザーエクペリエンスを改善するため技術に投資して、複雑な印刷物をもセルフサービスで受発注できるようにしていくであろう。
印刷プロセスでは、見積もり作業、カスタマーサービス、プリプレスなど一連の業務には、すでにソフトウェアが使われていてIT化されているにも関わらず、なぜか人が介在する。Cimpress社はそれを変えようとしているのだ。最も高いハードルは、それぞれ異なった仕様の個別のオーダーをどう処理するかにある。印刷物を購入する際、複雑なやり取りが発生するのはご存知の通り。例えば、お客様が「厚手の紙」をほしいといえば、印刷製造関係者は「207グラムインデックス用紙」と別の言葉として解釈しなくてならない。言葉の通訳があるが故に人が介在するのだ。
お客様は印刷製造の知識をもたないで、ボヤッとしたカタチで自分のほしいものを説明する。近年、お客様の印刷に関する知識はますます乏しくなるばかりだ。どのようにして、お客様、営業、カスタマーサービス担当者の間におきる一連のやり取りを製造するための正確な仕様の情報として落としこむことができるのだろうか。印刷業界はこの問題を真剣に取り組もうとしていない。人の頭の中にある印刷の知識をソフトに組み込むということは、お客様とのやり取りを劇的に変えてしまうからだ。このような問題は、通常技術が解決してくれる。学習するアルゴリズムを開発すれば、ドイツ語をフランス語に通訳するように、お客様の言葉を製造の言葉に通訳してくれるかもしれないのだ。
これを脅威としてみる印刷業界の関係者は少なくないだろう。私は、印刷を時代にあったものにするには必要なことだと感じる。印刷を購入する複雑なプロセスに対する顧客の忍耐は日々急速に低下するばかりだ。 リアルタイムに慣れてしまっている、今日の短気なお客様は、サイトが数秒間フリーズしただけで、逃げてしまうのだ。製造する前に2~3往復やり取りをしなくてはならない旧来のプロセスに、いつまでもお客様が付き合って頂けるとは思えない。それはあまりにも労力がかかり、時間がかかり、印刷会社の負担は許容範囲を超えてしまう。
VistaPrint社が個人経営事業へのテンプレート印刷の市場を越えるのは時間の問題であるといえよう。変化の激しいインターネットの時代で、生き残るには、プラットフォームに依存する以外はないと、理解しているだろう。私がこれに気づいたのは、VistaPrint社の事業開発担当幹部と話したときだ。小さな商売をやっていても、グローバルの調達プラットフォームに接続すれば、投資など一切しなくても瞬時にグローバルビジネスを展開することができるのだ。(補足:VistaPrint社の需要の殆どが米国であるにもかかわらず、生産設備は米国ではなく隣国のカナダにあり、そこで集中生産している。) ゲームのルールは変わってしまった。付加価値は、資本集約的な生産中心の事業から、効率のよいクリエーティブな、需要の掘り起こし事業にシフトし始めている。これから印刷業界はVistaPrint社のような破壊者により激変するであろう。覚悟したほうがよさそうだ。
By | Jennifer Matt |
Published | 2016年1月6日 |
原文 | http://whattheythink.com/articles/78437-vistaprint-upload-print-market/ |